【戦艦武蔵】シブヤン海はどこ?発見場所は?

戦艦武蔵 乗り物
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戦艦武蔵

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2015年3月3日(日本時間)に戦艦大和と

ならび当時、世界最大の戦艦武蔵が

シブヤン海で発見されたと報じられました。

 

果たして戦艦武蔵は、どのような最後を

迎えたのでしょうか?

 

また、戦艦武蔵が見つかったシブヤン海とは

どこにあるのでしょうか?発見された水深などの

場所についても調べてみました。

 

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【戦艦武蔵】について

戦艦武蔵は、大日本帝国海軍が誇っていた大和型戦艦の2番艦に

なります。

 

全長は263m、幅38.9m、排水量(重量)65,000トンもあり、

戦艦大和とならび当時、世界最大の戦艦でした。

 

戦艦武蔵は、栗田中将が率いる「栗田艦隊」に属し、フィリピンの

レイテ島(レイテ湾)奪還のために攻めてくる、アメリカ・オーストラリア海軍の

連合軍を迎撃し、敵の侵攻を防ぐために戦いに臨みました。

 

これがレイテ沖海戦で、1944年10月23日から25日までフィリピンや周辺海域で

行われました。

 

しかし、アメリカ連合軍の強大な戦力により、日本軍は追い込まれ戦艦武蔵も魚雷を受けたり、

航空機からの集中攻撃を受けた結果、1944年10月24日にフィリピンのシブヤン海で

撃沈されました。

 

この時の、戦艦武蔵の乗員は空を覆い尽くすような、敵の航空機からの攻撃を防ぐことは

かなり難しかったと思います。

 

日本側には航空機による護衛はなかったため、戦艦武蔵は、よりたくさんの被弾を受けました。

 

それにもかかわらず、戦艦武蔵は約9時間もの間戦闘を続けることができました。

 

その理由は、戦艦武蔵が頑丈に作られていたのと、船底がたくさんの小さな部屋から

できていて、各部屋に海水を注入できるようになっていました。

 

例えば武蔵の船底の右側に魚雷を受けて海水が入ってきても、武蔵の左側の部屋にバランス良く

海水を取り入れることにより、武蔵を水平に保つことができたことが挙げられるでしょう。

 

武蔵は戦争に使われた戦艦ではありましたが、改めて日本の造船技術力の高さは

世界に誇れるものだったと思いました。

 

シブヤン海はどこ?

シブヤン海は、フィリピンの中央にある島に囲まれた海域です。

 

現在の景色をみると、70年前にここで戦争が行われたことが

信じられないです。

 

【戦艦武蔵】発見場所は?

今回、戦艦武蔵の映像を公開したのは、アメリカの資産家のポール・アレンで、

3月2日にポール・アレンが所有する潜水艇付きの船が発見をしました。

 

ポール・アレンといえば、あの有名なマイクロソフト社の共同創業者です。

 

この映像を見るとすぐに見つかった感じがしますが、実際に発見するのに

約8年ものあいだ調査をしたそうです。

 

武蔵が発見されたのは、シブヤン海の海底約1000mの深海でした。

 

戦艦武蔵が撮られた動画には、機関部周辺にあった、漢字で「開」の

文字の入ったバルブハンドルや水上機の発射に使われたカタパルト、

89式12.7センチ砲塔、94式46センチ砲の第1砲塔台、もともと戦艦武蔵には15トンの

いかりが2個付いていましたが、そのうちの右側のいかりも映っていました。

 

決定的な、戦艦武蔵を証明する映像は船首部分にある、チーク材で

作られた菊花紋章のあとで、模型と照らし合わせても船首部分も含めて

同じ形をしていました。

 

戦艦武蔵発見の動画をこちらで見ることができます。

 

戦後70年に発見された武蔵ですが、まるで何かを訴えているかのように思えます。

 

もう一度戦争について考えるときなのかもしれませんね。

 

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